貧困の中で育った僕の悪い習慣を見直してみたい

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僕は貧しい家庭で育ちました。いわゆる母子家庭ってやつです。自分が「物心ついたころから」月末になると、冷蔵庫が空になったり、3日ほど米にお茶漬けをかけていたのを覚えています。

小さい時に、一定期間の間、食事もままならなかった際は、給食が一日のご飯でしたね。夜ごはんになると、「おなかいっぱい食べたい」って何度も思いました。

僕と妹が何かを欲しがると、母が口癖のようにお金がないと言っていました。うちは貧乏だから買えないという事を何度も聞かされていると、親がお金を持っていないことを知っていくので、徐々におもちゃが欲しいと言う事もなくなっていきました。何か行動を起こしたくても先立つ物がなかったので、何も言えねぇ~状態でした。

貧しいのがイヤなら、働けばいいという人もいるけど、仕事の掛け持ちで子供二人を育てた母親にもっと働けとは言えない。

僕は以前「もっと働けよ」母に残酷な言葉を投げかけた事を後悔しています。お母さんごめんなさい。10年近く引きこもって、ごめんなさい。

僕の話は、本人が悪い、あなたは何もしていないのだから、当然、自己責任だと言われる方もいるかもしれません。

しかし、貧困は悪徳ではないが、自分の幸福を妨げる習慣を引きずる場合がある事に気づき始めました。

貧困は、罪ではありません。貧乏から学べる事もあります。民主主義の貧困層の大多数が悪いのではなく、精神的なリソースが不足している。何かしらの社会的な教育や訓練が必要なんだろう。

僕の10年近い空白の人生と、18年間の生活を振り返ると今も子供の頃と何も変化がない貧乏人なんですよ。僕は社会や親に対して、文句を言う気もないですし、不平不満を言う気もありません。

貧乏人思考を根絶し、十年後に「僕の財務の改善ができている」「人並みに稼げている」そんな習慣を目指してみようと思いました。

個人的な経験に基づいて、出来る事を見つけて貧しい思考を変えていこうと思います。

食事をとる事の大切さ

食べる事が生きる基本ですが、小さい頃から今まで最低賃金で生活していた僕は、食事に関して一切の配慮が染みついていなかった。栄養バランスとか、美味しい料理が食べたいとか、考える事がほとんどなかった。

ただ空腹を満たすだけではよりよい人生には、ならない。

十数年もおかず一品が当たり前、味噌汁っておかずだよね?週2でインスタントラーメンが定番。そんな食生活を続けた影響なのか、食べる事に感動もなく、空腹を満たすただそれだけの物だった。

このように安い食品を選択して、調理するだけです。そんな乏しい思考なので、一般家庭の方々が食材を選ぶポイントと違い大分ズレていた事に気づきます。

■価格

■食品の消費期限

可能な限り、安い食材を買ったり、消費期限だけを気にして選んだりしていました。自分の体の健康なんて、どうでもいい状態です。

一般家庭なら品質を重視したり、味を吟味したり、このメーカーは安心という感覚で買い物をすると思います。僕にこの感覚が染みついていなかったのです。

料理も作るのがめんどくさく週に一度大量に購入していました。ほとんどが冷凍食品や缶詰です。新鮮な果物や野菜は高いから買わない。買っても半額シールが付いた物を選んでいました。

頭の中では新鮮な肉?魚?って何?冷凍の魚の切り身やバラ肉で十分だろう。このダメな思考と食生活の習慣を変える必要があります。

とりあえず、いずれ、このブログやツイッターを使用して食生活をより良くしていく事をここで誓います。

余分なお金は持たない

給料日は銀行に行って、お金を全額引き出してお財布に入れる。財布に沢山の現金を入れて持ち歩くこれは、ナンセンスです。

僕は小さい頃からお小遣いを貰った記憶があまりない。幼い頃からお小遣いを貰ってある程お金を管理できていたら、お金の使い方を間違わずに済んでいたかもしれません。

初めて貰う給料も何に使っていいのかわからなかったので、貯金していました。しかし、ある日、物欲が湧きだして不必要な物を集めだしたり、衝動的に買い物をしていた時期がありました。

「この商品いいな」「魅力的」そんな感じで一瞬の幸せのために満足しています。

買い物リストに「本当にこれは必要なのでしょうか?」という節約意識やお金の調整がほとんどなかった気がします。実際、本当に必要な物や製品がありますが、自分の生活レベルに合わせた選択ができないと破綻してしまいます。

お金が手元にあるから、すぐに使う習慣は、ストレス解消になるかもしれないが、結果的に自制心が効かなくなり、貧乏道を歩く事になる。これははってきり言って、間違いようのない確信です。

僕が安定した高収入を得た時に、効率的にお金を管理することを学ぶ必要がある事をヒシヒシと感じています。

怪我や病気で一定期間の間、働くことが難しくなった時に備えて、余分なお金は持たない。ただ貯金をするだけでなく、投資「資産を増やす」「何かを学ぶために使う」それから不測の費用(お祝い金、贈り物)などがある事を理解する必要があります。

家計簿を付ける習慣を持つ

常にお金を数える習慣を持たなければ貧困から抜け出せない。お金の管理がだらしないと、まるで感染症の症状のように体を蝕む要因になりかねないと思うんです。

以前の僕は、デビットカードを使用して買い物の支払を行っていると、正確にどのくらいのお金を使ったのか?しっかりと把握できていなかった。

頭の中では買い物の計算している。つもりでもレシートを確認することは、ほとんどありませんでした。それから銀行口座の残高がどれぐらい残っているのかもあやふやでした。

だから家計の計算をするために税や数式について知る必要性が出てきます。

支払いのために十分なお金が銀行に残っているかを把握できていない。これって恐怖ですよ。

買い物したり、支払いの計算に家計簿を付ける。それを毎回、続けて書く事が大切ですが、日常生活が忙しいと家計簿を付けることがおろそかになってくると思うのです。

今は、アプリで簡単に家計簿が管理できるので、できなかった言い訳にならない。

とりあえず、気楽に初めてみようと、思います。

必需品を購入することを渋る悪い癖を見直す

大半の人は買い物をする時に小さな遣り繰りをして、必要なものだけを購入しています。あれもこれもと無駄に選んだりするワケではありません。

しかし、僕の長い貧困生活は思考をおかしくしていった。

なぜ僕は新しい物が必要なのでしょうか?

服が破けたとか、家電が壊れたからと新しい物を購入する理由がありますが、僕の場合は、これ!まだ修理することができる!って思考になってしまう。家電の修理の大半は自力では直せないのにどこから来るのかできるかもという不透明な自信だけで部品を購入して試してみた事が数回ありました。

物を大切に使う心遣いは美徳のひとつです。しかし、靴底が破れているのにボンドでどうにかして靴を履き続けていた。また靴下に穴が空いていても縫えば使えるという無駄に残念な思考になっていました。

貧しいということは、時間がかかる事に無駄な労力を使うことに繋がっていました。

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