誰も知らない感覚情報処理の乱れ

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他の人がほとんど音や光に過剰に反応しないが、僕は照明や人に触られたり、音に対して感情が大波のように揺れます。

感情的な意味で波に呑まれ溺れてしまい苦しみます。

僕は記憶力に自信がありませんが、見知らぬ人の群衆の中にいると、その光景が視覚情報の巨大なカタログにインプットされて、人生で一度だけ見た人がいつまでも頭に焼き付いてしまいます。

何日も何週間も忘れられない記憶はあやふやでありながら、正確でもあり、僕の睡眠を阻害します。もうね。頭の中がグルグル回って気持ちが悪い。

あまりにもうるさい空間や、多くの人が行き交う場所は娯楽よりも拷問とも言えます。

敏感な聴覚や視覚を持ってしまい。当たり前にある日常の音と景色が体の不調を誘発する事が多々あります。この世界に酔って胃の中のすべてをぶちまけて、臭いもの吐いたりする事があります。

滅多になかったが家族と稀に外食に出かけた時に同じテーブルで食べる事ができなかったので、僕だけ一人、違う席に座り一人で食べる事があった。何が食べたいというより、人がいない暇なお店で食事がしたいという思いだけが脳裏に浮かぶだけです。

外に出かけた後は、とてつもなく疲弊してしまい。4時間以上の睡眠が得られない事がほとんどです。今も相変わらず、昔と変わらない余生を送っています。

感覚情報の摩擦の処理に難があると、全く自分と関係のない交差する人々を見て、上下左右から内に突き刺す音を聞いて、五感が敏感になり、心臓が破裂しそうな感じになります。苦しみの果てから離れた後は、あらゆる感覚が襲ってきます。

状況により、異なる感覚一つ一つを統合することが、困難だと認識しています。

強すぎる刺激は内側の衝動を増加させてしまい。学校という空間で授業を受ける事が困難になります。まともにお勉強ができないだけでなく、感覚の問題は、学校に通う子供の能力を妨害し他の子どもたちと交流できないだけでなく、家族全員の生活に混乱を招きます。

僕はよく学校を抜け出していましたし、頻繁に泣き叫んでいました。勉強も周りについていけず、良い子の歩みは最低のラインを維持していました。読み書きも小学校4年生ぐらいからある程度、覚えるようになりましたが、国語と算数はダメダメでした。失笑されるぐらいのレベルです。

幼い頃も今も周りに迷惑をかけ続けた人間です。

僕もある時期から働かなければいけない年齢になって社会に出ていくわけですが、感覚が異常のままだと、社会とコミュニケーションの困難に遭遇します。

誰も他人の感覚を認識できるわけではないので、つらいが仕方がない事なのです。

忘れられた歴史

普通とは異なる事に違和感を感じ感覚の違いについて、調べました。

1943年のレオ・カナーが自閉症の概念を唱えました。特異的な行動異常をする子供たちの一人一人の優れた才能、素晴らしい記憶と情緒的な欠如を持ち合わせている事を指摘しています。

カナーや他の研究者は、自閉症の多くの子供たちに共通点がある事に気づきます。多くの子供たちが大きな音に過剰反応や痛みに敏感だという事を指摘しました。

1970年代になると、日常的な作業の困難の原因として「感覚統合障害」と説明されるようになりました。これらのメカニズムついて、情報の統合と処理に問題が起きた場合、感覚情報の処理が上手く働かないというものです。

はさみや工作が苦手、全体的に不器用、バットをスイングしてボール当てられないなど複数の感覚を伴い感覚統合療法が生まれました。日常生活スキルに対処するために役立つ方法が出来たわけです。

児童精神科医の大半は、個別の診断など症状があまりにも多様であります。例えば自閉症、注意欠陥、多動性障害(ADHD)や不安障害のような要素が絡み合っているの絶対的な基準が存在しません。

僕が上手く服を着こなすことができない時、母はこの子は不器用なだけと言います。子供の問題だという言う。しかし、大人になって知覚に問題があったのです。未だに下着を逆に履くことが多々あります。気づくこともありますが、気づかない事もあります。

僕が学校に通う年齢になり、その場所に恐怖を抱えたまま過ごしました。ノイズの多い教室、一番苦痛だった事は体育館の集会にいくことでした。全生徒が集まる空間は恐ろしく一人、誰もいない教室にとどまっていたことを覚えています。遅刻するか、教室に居残るかの選択をしていました。

困ったことに人が行き交う休み時間にトイレに行けなかったこともありました。

この頃に僕が診断を受けていたら?不安障害、うつ病やADHDの診断を受けていた可能性があります。

この気持ちは揺れる船

感覚の問題は、自閉症の症状の根底にあるかもしれないという考えは理にかなっているが、感覚情報の処理だけが原因であるとは思わいない。単純に自閉症のパズルの一部だと思う。

僕は社会的な情報を知覚してないとも思わないし、社会的な関心事に興味もあります。

自閉症の有無なんて知らないし、外の世界から受ける感覚に埋もれてしまい、社会生活が困難だという事は分かっています。

そうだから、今、社会福祉を利用して必要な部分だけ、助けてもらっています。

困難を抱えている人に必要な手助けは必須です。自分でどうにもできなくなって、路頭に迷いこむ暮らしはしんどいです。この問いは生きていく上で非常に重要です。

日常に多くの課題を隠したままどうにか生きてきました。音や対人関係に対する感受性の増加は、悩みのタネであり、疲れます。

子供の頃に何らかの治療法や療法を受けれいれば今の人生が晴れ晴れしていのだろうか?そう考えてしまいます。

治療以外で、学校では大きな音のストレスを軽減するプロテクターを身に着けていたら、PCを利用できていたら、そもそも自宅学習が認められていたらよかったのにと妄想してしまいます。夏に防寒しても許される環境だったら、未来を明るく築けていた可能性があります。

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