不登校だった頃の日常生活

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幼稚園・低学年の頃は、母親に朝起こされて、校門前まで連れいかれたり、教室の中まで付き添われてなんとか、登校していました。

しかし、途中から授業中や休憩時間に学校を抜け出し、近所の公園や空き地で下校時間まで時間を潰していましたが、やはり不正は「バレ」ます。お家に帰宅して、玄関を開けると鬼の形相の母から「学校から仁敬二がいなくなったと、連絡があったぞ」問いかける言葉は怒りと落胆がにじみ出ていた。

その後「なぜ逃げ出すのか?」との問いに返事を返すことなく、僕は黙ったまま涙を流した。僕は1時間ほど、冷たいコンクリートに正座させられていました。今考えれば浅はかな行動です。まあ低学年の知能では選択しが少なく、逃げるしかなかった。

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僕は懲りずに学校に行かなかったり、教室を抜け出していた。先生や家族に殴られる痛みより、叱責を受ける苦痛より、皆と同じ空間にいることが何よりも耐えられなかったのだろう。

仮病を理由に学校に行かない日は、ほとんどお昼過ぎまで寝ていました。元気がなくて寝てた日のほうがほとんどだけど。中学時代はお腹が空いたら給食を食べに通っていたこともあります。お腹が膨れたら次の授業を受けずにお家に帰った事もあります。周りは「あいつ」マジで、ろくでもないヤツだ!と思っていたでしょう。

よく言われた事があります。「何考えているか分からない」「学校に来なければいいのに」「死ねばいいのにーだとか」言葉を普通に言います。あえて、聞こえていうか、面と向かっていいます。今でも脳裏にそのことの映像が染みついています。数年前までは思い出すと、心が痛む状態になりましたが、もう大丈夫です。

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学校に行っても寝てばかり、途中で帰るを繰り返していると読み書きや計算などの学習が遅れます。小学4年生になると、読み書き計算といった単純な学習作業が出来なくて、図書館の本のほとんどが読めない。「漫画伝記」を開いて難しい漢字にカタカナでふられていても言葉の意味が分からないので、理解することが出来なかった。

そのころになると、僕は勉強ができない、周りと比べて学習能力が低いことを意識しました。焦った結果「絵本」から読むことにしました。「おおきなかぶ」「しろいうさぎとくろいうさぎ」などの低学年向けの読み漁り、最終的にニューロンに関する本を読めるようになっていました。

この頃にたくさんの本に触れて、読み書きに困る事がありませんが、二行の計算が全然できません。エクセルや電卓が必須です。

高学年になる前は友達という概念なく、近所の子や同級生と放課後は鬼ごっこやボール遊びをしてたり、スーパーファミコンで遊んでいました。高学年になると、最初は上辺だけで仲良くやれるのですが、その後次第に関係が悪くなっていき、最後には全てがなかった事になります。

いじめられないように仲間のふりをしていましたが、好きでもない人間関係に浸かって自分を装うという行為に浸かれてしまい。ある時から完全な一匹狼になりました。誰とも会話をしない、交わらない、そこにいるだけの肉体という存在に徹していると、いじめすら起きません。

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